桃尻関係

桃尻と書いてもじります。哲学、地名、本の感想などを中心に書いていきます。

三浦哲郎著「忍ぶ川」(第44回 (1960年下半期) 芥川賞受賞作)を読む

 三浦哲郎の『忍ぶ川』は以前「ユタと不思議な仲間たち」を読む前に新潮文庫のもので読んだ。そのときは「忍ぶ川」のほかにも作品が収録されており、ほかの作品も「忍ぶ川」とつながりがあるようで、話が混乱してきて読むのをやめた。今回は「忍ぶ川」のみを読むことにした。以下内容や感想などを述べる。

 

 

内容

 私と志乃が主に出てくる。私は東北の片隅からでてきたが、深川は木材会社に勤める私の兄を最後に見た場所であり、また、月に二三度深川を歩き回るならわしがあった。

 志乃は深川に生まれた。しかし志乃は終戦の前年栃木に疎開したため深川の風景を見ていなかった。

 志乃は山の手の国電の駅近くの料亭忍ぶ川で働いていた。私は大学生で傍に忍ぶ川がある学生寮に住んでいた。忍ぶ川で志乃と知り合った。

 休みの日だったので私は志乃を連れ、志乃の生まれた地であり、また、最後に私の兄をみた深川に行くことにした。

 

 志乃は木村という男と婚約をしていたが、私は志乃にその話は無しにしてくれないかと頼んだ。木村は腕のいいセールスマンであったが、志乃は木村と付き合うことには乗り気ではなかった。そのため主人公の私と結婚することを考えた。

 

 秋の終わり、志乃の父親の病気が急変し、志乃は<死ぬ前に父にあっていただきたい>という手紙を私に渡したので、栃木にある志乃の実家に行き志乃の父には死ぬ寸前ではあったが会うことができた。

 

 その後私は志乃とともに実家のある東北の方へと帰っていき、そこでの様子が書かれる。

 

感想

 上に書いた【内容】のところではひとまとめに深川としたがもっと詳しく言えば主人公兄を最後に見たところは木場であり、志乃の生まれた場所は洲崎である。深川と木場、洲崎の違いというのはあまりわかっていないのだが、歌川広重の絵で「深川洲崎十万坪」というのがあったり、「深川木場」というものがあったりするというのもあるので深川というのは洲崎や木場を含むこともあるのだろうか。

 前にも書いたことはあるかも知れないが著者の三浦哲郎は六人兄弟で、この話も主人公は六人兄弟である。また「芥川賞全集 第6巻」の年譜を見ると三浦哲郎の大学時代、次兄が行方不明となったということが書いてあるので自身の体験を基にこの作品は書かれたのだろう。

 

 印象に残ったところは二つある。

 一つは木場のにおいと煙がかいてあるところ——

 木場は、木と運河の町である。いついってみても風が強く、筏をうかべた貯水池はたえずさざ波立っていた。風は、木の香とどぶのにおいがした。そしてその風のなかには、目にみえない木の粉がどっさりととけんこんでいて、それが慣れない人の目には焚火の煙のようにしみるのである。涙ぐんで、木場をあるいている人はよそ者だ。

 私も、兄につれられて、はじめて木場をあるいたとき、泣いて、兄にわらわれた。 (124頁)

  よそ者をどうか見分けるときに、風のなかにふくまれる木の粉に慣れているかどうかということによって一つ決まるというところがいいと思った。

 

 もう一つは主人公の私が志乃の父の危篤の知らせを受け、栃木に行くときのシーン。そこでは志乃の妹の多美が私を迎えに来てくれて、私と志乃の妹多美は志乃の家に向っている。

 「志乃姉ちゃんが、父ちゃん、あんたがくるまでは、なんとしても死ねないんだって」志乃が、そんなことをいって、医者から見離された病人やきょうだいの気をひき立てているのであろうが、それにしても、私のような無力な男でも、虚空に消えようとするひとつのいのちを、たとえ幾時間でもつなぎとめるてだてになりうるのかと思えば、しぜんと身がひきしまるおもいがするのであった。

 私と多美は線路沿いの小道をぬけ、街道筋に軒をならべている家々のうら手、すすきの群落のある野の道をいそいだ。厚い雲におおわれた空には、赤とんぼがうようよと飛びちらっていた。「これ、近道?」あるきながら私がきくと、「いや、遠道」と多美はいった。「なぜ、遠道をゆく?」「だって、父ちゃんはあんたがくるまで死なんていうから、あんたがきたとたんに死ぬんじゃないのけぇ?」

 多美はまじめくさってそういったが、私が思わず足をゆるめると、駈けるようにどんどんさきをいそぐのであった。 (140-141頁)

  志乃の家に行くとき、近道ではなく、遠道を行っている。普通なら父が早く死んでしまうのであれば近道をいくとおもうのだが、多美は「主人公の私が来るまで生きる」と父が言ったから遠道をしてその分父親に長く生きてもらいたいのだろうか。けれども遠道はしたものの、引用の最後で「 多美はまじめくさってそういったが、私が思わず足をゆるめると、駈けるようにどんどんさきをいそぐのであった。」とあるので、やはりどこか急いで父に会いたいという思いもあるのだろうか。

 「厚い雲におおわれた空には、赤とんぼがうようよと飛びちらっていた。」というところがいいと思った。

 

選評 

 瀧井孝作、佐藤春夫、川端康成、丹羽文雄、舟橋聖一、石川達三、井上靖、中村光夫、永井龍男、宇野浩二(井伏鱒二は欠席)の十委員出席の下に選考委員会を開催した。

 

 井上靖は以下のようにいう。

 「忍ぶ川」は清純な小説であり、これだけ汚れのない作品になると、却って新しくさえ見える。これが当選作たることにいささかも異存はないが、きびしく言えば非難するところのない作品としての物足りなさは、やはりあるようだ。 (405頁)

 

参考

今回読んだもの 三浦哲郎、「忍ぶ川」 (「芥川賞全集 第6巻」より)、文藝春秋、1982年