由起しげ子著「本の話」(第21回 (1949年上半期) 芥川賞受賞作)を読む

以下内容や感想などを述べる。

 

 

内容

 話は最初、大学教授であった私の義兄白石淳之介が死んでしまったところから始まる。私の姉も病気だったが、義兄はその姉の看病もしていたので私の考えは義兄が重体に陥るとまでは思わなかったが、義兄は栄養失調となって死んでしまった。

 

 私は生活のことに困っていたので姉の療養生活のお金のことを考えた。そして色々とお金を稼ぐ手立てはないかと考え、ものを手に入れてそれを売ることにしたがそれはそう長くは続かないようだった。それで義兄の唯一の遺品である本に手をつけなければならなかった。義兄の生前の遺志はその本を郷里仙台の学校か然るべき施設に寄贈してほしいということだった。

 

 その後、私は姉の療養生活の費用が必要ななか、義兄の残した本をどこに引き渡せばいいのかいろいろ考える。——最初m書店に本を引き渡すことにしたが、義兄の本の中から小西という著者名のもので表紙を帰すと右肩に「白石教授に贈る」ということが書いてあるのを見つけその著者は東北大学の教授であり、私はこの小西と義兄とは生前交友関係があったのではないか、また、この人に本の価値を教えられたいと思うようになった。……私は本を小西の元へ渡すのか、あるいはm書店の紹介してくれた先に手放すか、などどこに渡すのかが中心に書いてある。

 

感想

 義兄の本は義兄が学者であったためか、海上保険のものばかりであったようだ。義兄の本は会社の倉庫にあったようだが、それを開けてみた様子が書かれていてよかった。

 

 義兄が残した本の中から小西という著者のものがありそこには兄の名前が書いてあったということがこの話ではあったが、個人が所有していた本であればそういうこともあるのだろう。最近は芥川賞をとったものを読んでいるのでいっておくと柴田翔の「されど われらが日々」では主人公が古本屋で買った全集に蔵書印があって、その蔵書印は誰のものなのか調べていくと学生運動で自殺した人物であったということが書かれてあった。古本というのか、個人の所有していた本に印や書き込みなどなにか書いてあって、その元を探していって、広げていく話もあるとわかった。

 

選評 

 選考委員は佐藤春夫、宇野浩二、岸田國士、瀧井孝作、川端康成、舟橋聖一、丹羽文雄、坂口安吾、石川達三。

 

 宇野浩二は以下のようにいう。

 『本の話』は、こんどの候補作品のなかで、どういうわけか、一ばん評判がよかったようである。しかし、わりによくできている初めの方が、すこしごたごたしているばかりでなく、全体の書き方がたどたどしいので、読む方でも、頭が、こんぐらかってしまう。だいたい、この小説は、「私の義兄」を書くつもりであったのかもしれないが、その義兄が死後に残した『本の話』がよく書けていない。そのために、かんじんの「義兄」の人間がほとんど現れていない。そのために、かんじんの「義兄」の人間がほとんど現れていない。その上、出てくる人物たちが、みな、概念的で、あやふやであり、それに、『私』という主人公のやさしい気もちも、(ところどころ、気どった書き方で、述べられてあるのは、ちょっとは、おもしろいが、いやみでもあり、)『ひとりよがり』のところがある。しかし、この作者は、ちょっと、うまそうに、見えるところもあるが、『しろうと』のようなところが多分にあるから、小説だけに一心をこめたら、あるいは、よくなるかもしれない。が、この小説だけでいえば、まだ、不安を、感じる。 (406-407頁)

 

参考 

今回読んだもの 由起しげ子、「本の話」 (「芥川賞全集 第4巻」より)、文藝春秋、1982年