中河与一著「天の夕顔」を読む

古本屋でたまたま見つけて、調べたらそこそこ有名だということで、読んでみることにした。著者も本の名前も初めてみた。

ざっくりとしたあらすじ 主人公が20数年間、7歳年上の夫のいるあき子に恋をした。相手も、夫が他の女に恋をしていたということもあり、主人公に恋した。しかし、あき子は不倫をしていていいのかと幾度も悩み、拒絶の手紙を送った。男は一時、それなら山に行ってしまおうと決意したが、やがて戻ってきた。最終的に、あき子は五年後なら会えるということを主人公に言ったが、約束のその一日前に死んでしまう。

感想 男が他の娘と仲良くなったりして、あき子とも疎遠になっていった。その反面、主人公は会いたいと幾度も願っていた。しかし、読後、会ってから何をしていたかというと、あまり思い出せない。初めの方は、本を貸し借りしていたりしたが……。つまり、別れるということに重きを置いていた、別れるのをよしとするような感じがした。それなら、会わないでいいのかというと、そういう訳ではなく、ほんの一瞬でも会えれば、いい(p76)というものなのだろう。

次第に主人公は山で暮らそうと決意する。そこでは、彼女の存在を谷川のせせらぎの様と例えていた(p40)。更には、「この寂しさはしかしこの地上だけではなしに、宇宙そのものさえ、その通りではないのかと思ってみるのでした(p37)」とあり、人間の愛と自然や宇宙のかかわりをえがいていたのが印象的だった。

気に入った表現 上からポンと座布団を、小さい体の上にかぶせたので、本当の饅頭のようになった子供が……(p6)。/それから土産だといって、桜ん坊の籠を出し、話をしながら、まきかえし、繰り返し、ハンカチをもみもみしていました(p10)。/(娘と結婚しようかと悩んでいるときに、あき子の相談したが「そうすれば」といわれ、突っ返された後の場面)ああ、それにしても、あんなに喜びに燃えていきながら、今こんなに寂しく打ち沈んで帰るかと思うと、わたくしはもうたまらなかったのです。天国から牢屋に送り込まれると言うのは、こんな気持ちであろうかと、自分ながらに自分がかわいそうでたまらなかったのです。そしてそのときのあの人は、何やら囚人を送ってゆく典獄(監獄の長という意味)のようにも思われたのです(p48)。←天国と典獄の使い方がうまいと思った。/雪の解けたあとの山は、草が皆寝て、絨毯のようになっています(p80)。/(主人公の手紙は全部読んだよとあき子が言った場面)彼女は楽しそうにその手紙の束を持ってきて、そこに置きました。そこでわたくしは取り上げると、あの人の面前で、それを次々と強く引き裂いてゆきました(p16)。←官能的

参考 中河与一、「天の夕顔」、新潮文庫、2001年