桃尻関係

桃尻と書いてもじります。哲学、地名、本の感想などを中心に書いていきます。

〈魚、足りてますか〉 ときわ食堂庚申塚店へ行く

 (親切なのだろうか…いや、親切でない気もする)…何のことかというとときわ食堂にある貼り紙である。昨日は庚申塚店には貼ってあるのを見かけなかったが本店にはあった。

 「足りている」ということは人手が足りている、というときに使ったり、時間が足りているときに使ったり、反対に足りていないときは「足りていない」と言ったりする。野菜でも言うかもしれない、「野菜足りていますか」。が、魚を足りているかどうか、ということは考えに及ばなかった。(そもそもそんな魚食べない….)

 しかし、それでも「足りているか」と問われたら気になってしまう。べつに魚が必要で不足したらいけないということをいっているわけではないのだと思う。けれども気になってしまう、やはり。

 

ほかにも「足りていますか」の例を作った。特に意味はない。

「焼肉、足りてますか」

「米、足りてますか」

「お味噌汁、足りてますか」

「ラーメン、足りてますか」……

 

 

 それで、昨日は国立西洋美術館に行った帰りに、あの、「足りてますか」で気になっていたときわ食堂というところへご飯を食べに行った。本店と庚申塚店はどちらも近く、巣鴨辺りにあるのだが、今回は混んでいたため、庚申塚のほうのお店へ行ってきた。庚申塚店には「足りていますか」の貼り紙はなかった。

 

 ガラス張りで広く見える。他のお客さんが騒がしくないということもあるのだろう、一種独立したテーブルとして、椅子に座れた、それが綿々とある。

 メニューは手元に無く、貼り紙でメニューが貼り付けられている。ちょうど端の席だったため、首をのばさないとメニューが見えないポジションに位置していた。それで首をのばして、メニューを確認し、一応、食べログなどで調べた、おいしいといわれているアジフライや海老フライを頼む。また、マグロ丼も頼んだ。常連だったら、定食とかセットのものとか、おいしいものも分かっているのだろうが、はじめてのお店なため、よくわからないお金の使い方をしてしまった、1500円ほどした。

 

 まずはマグロ丼がきた。マグロにしらすがのっており、丼のほかに、味噌汁や漬けものもついてきた。マグロはどちらかといえば、厚くきってある。マグロの下にあるしそが効いていた。味噌汁はボリュームが多く、熱かった。漬物はにんじん、大根、キュウリなどさまざま入っていた。大根は食べ応えがあるかたさだった。マグロを、ついてきた大量のわさびで食べた。このわさびはうす緑のわさびだった。うすい色のほうが辛く感じるのはなぜだろうと思った。おいしかった。

 

 マグロ丼を食べはじめてから、15分ほど経っただろうか、海老フライとアジフライが一本ずつ、きた。

 フライは同じ皿に乗っていて、サラダとレモンとからしがついてきた。からしはマグロ丼のわさびと同様、大量だった。この、なすりつけたような、付け方、というのが気にいった、動的な感じがした。

 アジフライはさくさくとしていた、といって、実が小さいというわけではない。すぐ食べ終わってしまった。海老フライは実がぷりぷりしていた、それはフライされていても感じる。軽やかだった。どちらも尻尾まで食べた。尻尾までさくさくしていた。

 

 15分ほどして、「おかわりお願いします」というほかのかたの声がした。おかわりは無料だったりするのだろうか、そこらへんは詳しくないのでわからない。今回はメニューに詳しくないため、単品を三つばかり頼んでしまい、少し高くなってしまった。が、おいしかったのでよかった。

 

 翌日も胃もたれをしていない。