小川洋子著「妊娠カレンダー」(第104回 (1990年下半期) 芥川賞受賞作)を読む

 小川洋子はきいたことのある名前ではあったが作品は読んだことがなかった。今回がはじめてである。

 

内容

 主人公の私の姉の妊娠の様子が書かれている。

 姉と義兄の関係や、妊娠中においに敏感になるということや、つわりのさい中は食欲が減っており、体重は赤ん坊がいるのだが減っていたことなどが書かれる。

 

 また、どこか妊娠に対して実感のない様子も書いてある。

 

感想

 同じ芥川賞をとったものでいえば、津村節子の「玩具」も妊娠について書いてあるものだった。しかし「玩具」は今回読んだ「妊娠カレンダー」に比べ、妊娠がメインというよりは妻の夫が主に書かれていたと思う。けれども妊娠中においに敏感になるということは両方とも書かれていた。においはさまざまなものが気になるようだ。以下姉が言ったところを引用する。

 「ベーコンエッグだけじゃないわ。焦げたフライパンも、陶器の皿も、洗面台の石けんも、寝室のカーテンも、あらゆるものがにおうの。一つのにおいがアメーバみたいにどろっと広がって、別のにおいがそれを包みこんで膨張して、また別のにおいがそれに溶けていって、……もうきりがないわ」 (33頁)

 

 妊娠中は子どもがいるのでその分体重は増えるのかと思っていたが、反対に痩せるという事もあるんだとわかった。

 

 印象にのこったところは食事中の場面である。おそらく体に関することの生々しさを想起させる描写である。三つ引用する。

 姉がオムレツの真ん中にフォークを突き立て、「このオムレツ、胡椒がききすぎてるわ」などとつぶやいている。彼女が料理に文句をつけるのはいつものことなので、わたしは聞こえないふりをする。フォークの先から、半熟の卵が黄色い血液のようにぽたぽたと落ちる。義兄は輪切りにしたキイウイを食べている。わたしはあの黒い種子の粒々が、小さな虫の巣のように見えて、どうしてもキイウイを好きになれない。よく熟れた今日のキイウイは、果肉が溶けかけている。バターケースの中で、白いバターの塊が汗をかいてしっとりと潤んでいる。 (19頁)

 

「グラタンのホワイトソースって、内臓の消化液みたいだって思わない?」 姉がつぶやいた。 (22頁)

 

 「マカロニの形がまた奇妙なのよ。口の中であの空洞がぷつ、ぷつ、って切れる時、わたしは今、消化管をたべてるんだなあという気持ちになるの。胆汁とか膵液とかが流れる、ぬるぬるした管よ」 (23頁)

 

参考

今回読んだもの 小川洋子、「妊娠カレンダー」、文春文庫、2004年