津村記久子著「ポトスライムの舟」(第140回 (2008年下半期) 芥川賞受賞作)を読む

内容

 主人公は29歳、結婚はしていない、ラインの工場勤務、ほかにもパソコン講師やデータ入力の内職などをしている長瀬由紀子(フルネームは最初の方だけ出てくるが以降ナガセ)である。工場勤務のある休憩時間、ナガセはNGOが主催する世界一周のクルージングのポスターを発見し、そこにはその費用が<163万>と書いてあった。それは工場勤務の年間の手取りとほぼ同じ額であった。

 ナガセは日々の生活について以下のようなことをおもっていた。(時間を金で売っているような気がする。) しかし世界一周のポスターを見て次のようにも思った。(工場でのすべての時間を、世界一周という行為に換金することもできる。) ナガセはお金を貯めることを決意する。

 

 その後話はナガセの大学時代付き合いのあった友人がナガセの家にやってきたり、友人のなかには結婚している人もいるがそれでナガセも結婚のことを考えたり、友人に費やしたお金を計算するなどということが書かれている。

 

 題名の一部であるポトスライムは作中にしばしばでてくる。玄関、ナガセの部屋、工場のロッカールームにもポトスライムは置いてある。安いコップに差して水を替えているだけでまったく萎れないからナガセは(すごい)と思う、というシーンがある。

 

感想

 読みやすいと思った。

 そう高くない入れ物に入れてあったポトスライムという観葉植物が水だけで成長するということが後半部で活きていると思った。

 

 作品のはじめのほうに世界一周クルージングのポスターがあったから、そこに行った経験談のようなことが書かれるのかと思ったところがあったが、そうではなくそれを念頭に主人公の日々の暮らしのようすが書かれているというものだった。

 

 話の一連の流れは書いてあってそこは良さなのだろう。しかし工場での働くようすや他の友人とのつきあい、神社に行って何を祈るのかというところ、咳のことなどは特に印象は薄かった。

 

 印象にのこったところはクルージングのポスターを見て、(お金を貯めるか)ナガセが決めかねているとき、そう関係なさそうな文が出てきて、そこでお金を貯めようという決心をするところである。そこが巧いところだと思った。以下はそのあまり関係なさそうなところだが、自転車のブレーキが盗まれた後のナガセのようすを引用する。

 ナガセは、いらいらしているというのでもなく、部品を奪った人間に対して怒っているというのでもなく、落ち着かない心持ちで、次々噴き出してくる額の汗を拭った。道路に差し掛かった瞬間に、自分を照らしたヘッドライトの光が、まだそこにあるような気がした。その時の恐怖が、再び降りかかるようにナガセの身を覆う。深く呼吸して、それが過ぎるのをじっと待ち、ナガセはガレージの電灯を見上げた。「わかった。貯めよう」 口をついて出たのはそんな言葉だった。 (30頁)

 

参考

今回読んだもの 津村記久子、「ポトスライムの舟」、講談社文庫、2015年