久米正雄著「受験生の手記」を読む

 久米正雄は芥川龍之介と親交があったということから作品を前々から読んでみたいと思っていた。長編の作品もあるようで図書館で手にしたが長さに圧倒された。そのため短いものを読むことにした。いつかは長いものも読んでみたいと思っている。

 

 「受験生の手記」は1917年(大正7年)の作品である。 

 

内容

 主人公は一高受験に去年失敗した私で田舎から上京してきて、千駄木の義兄の家に住ませてもらっていた。そこに日曜日ごとに来る澄子さんに恋していた。澄子さんは私のことを慰めてくれる。

 私には弟がいる。弟も同じ一高に受けるために上京してきた。年齢は違うが、私は去年失敗したので二人とも一高を受ける。私は弟が来て勉強しづらいので水道端の友人の隣に引っ越した。弟はしだいに澄子さんと仲良くなり私はそのことを嫉妬するようになる。

 

 弟は、一高に受かったが私は駄目だった。そして……というように続く。

 結末は題名からもなんとなく察しがつくと思う。

  

感想

 手元にあるものが原文かはわからないけれど、相当ふるいものだと思う。しかし読みやすいと思った。

 

 この話の最後の方はいい結末だとは言えない。関わる人物がだいぶ違うといえど、本作と受ける学校が同じということと結末がよくないという意味では城山三郎の「素直な戦士たち」を思い出した。そのような作品はほかにも多くありそうだが。試験を受けることが書いてある作品はよくない結末にもってきやすいのだろうか。

 

 印象にのこったところは澄子さんの顔についてかかれているところ。際立って美しいというわけではないという後に続く文を引用する。

 (以下読んだものだと「忄靑」、「氵孚」となっていたがパソコン入力では出てこなかったため「情」、「浮」とした。)

 顔全體の印象は、整つたながらに特長といふものもないが、どことなく活々して、何かの拍子に浮べる表情が、非常に眉のあたりを美しく見せた。殊にそれは眼に於て著しかった。ふと斜に見上げる時、笑ひながら見据ゑる時、わざとらしく見える迄開いた二重瞼の下から、黑眼勝に澄んだ雙眸が、濡れた雨後の日光のやうな輝きを迸らせた。 (231頁)

 

参考

今回読んだもの 久米正雄、「受験生の手記」 (『日本現代文學全集 57 菊池寛・久米正雄集』より)、講談社、1967年