髙樹のぶ子著「光抱く友よ」(第90回 (1983年下半期) 芥川賞受賞作)を読む

 第90回は笠原淳の「杢二の世界」と髙樹のぶ子の「光抱く友よ」が芥川賞を受賞している。以下話の内容や感想などを述べる。

 

 

内容 

 主人公は高校に通う相馬涼子。英語教師の三島良介に惹かれていた。

 ある時涼子は二階へ通じる踊り場辺りで甲高い三島の声を聞いた。三島は怒っていた。怒られていたのは松尾勝美という、出席が足りないため涼子と同じクラスになっている女だった。(あの態度は教師としてどうなのか……)と涼子はむきになった。

 先ほどどうして怒られたかということを涼子が勝美に聞くと、三島がかつて<服装がどうなの男がどうだの>と書いた手紙を勝美に送ったのでその返事として手紙を三島の元へ返したが、それは字が下手な勝美の母が書いたもので三島は勝美に「こんな子供みたいな字を書く大人がいるか」と怒鳴ったのだという。勝美が「あんた、字い上手い」と聞いてきたので、涼子は三島への怒りもあり、手紙を勝美の母のふりをして書いてあげることにした。

 

 その後は冬休みに入って、涼子が勝美の家に行くと勝美とアルコールでボロボロになった母親が喧嘩をしているところであったり、勝美の部屋にはマートンという彼からもらった星マニアからもらった宇宙画や天体画があるのだがその様子が書かれていたり、涼子の父が生物系の大学の先生なのだが宇宙画を見て顕微鏡を覗いているときの気持ちを思い出したりしている。

 

感想

 話の筋はそう難しいものだとは思わない。——主人公が先生に惹かれたが同級生に怒っているのを見て嫌になり……その同級生は母に問題を抱えており、それが主に書かれている——しかし書かれている言葉はそう読み易いとはいえず、描写ごとに手の込んだものだと思った。松尾勝美が母親と喧嘩するシーンは相当込んだものだとおもった、また、松尾が星を見るというシーンはいまいちわからなかったので物語が複雑になっていったと感じた。

 

 松尾勝美が星の写真を部屋に飾っていたのもあって、主人公の涼子の父親が大学から天体望遠鏡を借りてきたので涼子は勝美を一緒に誘ったという場面があったが、勝美はあまり喜んでいるというわけではないので涼子が「松尾さん、あなた、本当に星を見るの好きなの」と聞く。この後京子は松尾は(もっと別のものを見ていたのかもしれない)と推測するのだが、ここで松尾がなぜ星を見ていたのかというのは現況から目を背けたい気持ちもあったのか、あまりはっきりしないが気になった。

 

 印象に残ったところは話の筋とは関係ないが、松尾の家は埋立地のそばにあってそこへ涼子と松尾が行ってテトラポッドにのぼったという場面。

 別の日、ふたりは埋立地のはずれに積み上げられたテトラポッドにのぼった。砕かれ、行き場を失った波の飛沫が、きまった間隔をおいて足の下から跳ね上がっていた。小動物のように首をもたげてはあたりを濡らす飛沫と、輪郭も溶けてしまった西陽とを交互に見較べて、「おお寒う」と涼子は言った。松尾は返事をせず、黙って靴下を脱いでいた。 (167頁)

 

選評

 選考委員には遠藤周作、大江健三郎、開高健、中村光夫、丹羽文雄、丸谷才一、安岡章太郎、吉行淳之介の八委員が出席した。

 

 大江健三郎は髙樹のぶ子の「光抱く友よ」について以下のようにいう。

 髙樹に小説の全体への仕組みはとくになく、言葉も丹念に書き込んでゆくのみである。しかし髙樹には、新しい作家の勢いを確実につみかさねてきたところがある。さらには自分独自の人間観察を表明するために書く、という態度がこれまでつねにあった。 (296頁)

 

参考

今回読んだもの 髙樹のぶ子、「光抱く友よ」 (「芥川賞全集 第13巻」より)、文藝春秋、1989年