笠原淳著「杢二の世界」(第90回 (1983年下半期) 芥川賞受賞作)を読む

以下話の内容や感想などを述べる。

 

 

内容

 話は最初杢の兄とその嫁典子とその子で小学三年生になる息子の悟が出てくるところから始まる。ふと悟が兄に「……杢二さんかと思った」というところで、杢二の兄は杢二のことを思い出し話は進んでいく。

 杢二は兄とは随分年の離れた末弟であり、兄や姉から疎んじられることがあった。たまに兄の家に金の無心のため来るのだがどのように距離を取っていいのかわからないところがあった。兄は仕事の世話をしたこともあったが杢二はうまくいかなかったようだ。やがて杢二は働いていたビルの屋上から墜死した。

 

 その後数年か経って杢二の兄は杢二が同棲していた女タマキのアパートを訪ねてみようと思い立った。そして杢二の遺品をまとめて紙袋に入れてもらい、それを見て思い出すという事が中心で書かれている。

 

感想

 「杢二の世界」という題名ではあるが話の切り替えなど中心的に書かれている人物は杢二の兄である。兄は間柄などは書かれている。しかし兄の人称を目立たせようとした書き方ではない。

 話はスペースがあるわけではなく突然主人公から杢二、杢二の話から現在の話に切り替わることもあるが大して戸惑うわけではない、(ここで切り替わったのだろう)となんとなくではあるがわかった。

 (セスナ機を落としたのは僕だ)と杢二が言ったり、杢二の妻のことを主人公である杢二の兄は(白身の魚みたい)と思う場面がある。いずれも独特な捉え方をしていると思った。それが後の文にうまくというべきか、自由にというべきか、つなげていた。たしかに後々つなげ易そうな捉え方をした文だと思った。

 

選評

 受賞作には他に高樹のぶ子の「光抱く友よ」がある。候補作には梅原稜子「四国山」、干刈あがたの「ウホッホ探検隊」などがある。

 

 選考委員会には遠藤周作、大江健三郎、開高健、中村光夫、丹羽文雄、丸谷才一、安岡章太郎、吉行淳之介の八委員が出席した。

 

 吉行淳之介は以下のようにいう。

 「杢二の世界」(笠原淳)は、語り手の弟の杢二というタイプに興味があった。おそらく、これは分身小説の一種であろうが、兄である語り手と杢二とが作品の中で、はっきり兄弟として存在していて、そこがよかった。因みに、杢二が同棲している女から別れを告げられ、びっくりして「さっき、一緒に飯を食ったのにな」と答えるところで、候補作を読む作業をしていて久しぶりに笑った。ユーモアがあると同時に、杢二の性格がよく出ている。 (295頁)

 

参考

今回読んだもの 笠原淳、「杢二の世界」 (「芥川賞全集 第13巻」より)、文藝春秋、1989年