半田義之著「鶏騒動」(第9回 (1939年上半期) 芥川賞受賞作)を読む

 本の内容や感想などを述べる。

 

 

 

半田義之について

 「芥川賞全集 第2巻」の年譜より一部抜粋。——

 

 明治44年 (1911) 七月二日、父義一、母としの長男として、横浜市保土ヶ谷に生れる。

 大正13年 (1924) 13歳 大正10年、父の歿後、前橋市北曲輪町に移り、十七ちがいの異父姉のところに、母と寄食する。この年、群馬県立前橋中学校に入学、同人誌「無限」を出す。中学四年のとき退学となる。

 昭和2年 (1927) 16歳 国鉄千葉駅に電信掛として就職し、母を伴い、小岩、亀戸、本千葉と転々とする。

 昭和14年 (1939) 28歳 六月、「鶏騒動」(文芸首都)をはじめて、本名で発表。

 昭和18年 (1943) 32歳 夏、海軍報道班員として、ラバウルに渡り、五ヶ月間、任務につく。

 昭和38年 (1963) 52歳 この年、千葉県船橋市三山五五五に移る。この頃より酒により身体を害し、死去するまで、いくども入退院を繰り返すに至る。

 昭和45年 (1970) 59歳 八月二日、町田市山崎団地の自宅で自裁する。

 

内容

 日本のどこかある場所が舞台。どこかは書いてないが関東の地名が出てきたので多分関東か関東の傍だと思う。農村のようなところで、鶏を飼う人もいる。そこに、お婆さんがいる。そのお婆さんの家に新しくロシア人が数人やってきた。そのうちの一人のドナイフは鶏の卵をもらいにお婆さんのもとへ来た。一回ではなく、何回も続くのでお婆さんは卵を売ってあげることにしたが、お金を高く設定して儲けようとした。……最初はお婆さんはロシアから来たドナイフを怖がっているところはあったが、だんだんとドナイフがお婆さんの手伝いをしに来たり、喋り相手になったり、お土産を買ってきてくれるのでお婆さんはドナイフに友情に似たものを感じた。

 

 ドナイフは徐々にお婆さんを大事に思うようになり、やがて秘密を言うことになった。それはお金をたくさん持っていることであり、お金をお婆さんにわけてやった。……このようなことがお婆さんを中心にかかれている。

 

感想

 お婆さんはコミカルに描かれていたと思う。例えば言葉遣い。「おーよ……」、「ちぇ、ちぇ、ちぇ」などとお婆さんは言ったりする。また、お婆さんがドナイフからお土産——マカロニを受け取ると、ドナイフに対して悪戯してみたくなる。口調は最初は見慣れないものも出てきたが、最後の方は(お婆さんは愛らしいキャラクターなのかもしれない)と思った。

 

 ドナイフはロシアに帰れないらしい。ドナイフは「ロシアは赤いのだよ。私は白いのだ」と言っていたり、革命という語が出てきたので恐らく共産主義がなんらかのかたちでは関連しているが、ドナイフはそれとは立場が違うのだろう。

 

印象に残ったところ

 口調が変わっているのでそこばかり目を向けて読んでいった感じはあったが、描写は結構の頻度で細かいところもあった。特に細かいところが印象に残る。食べ物関連である。印象に残ったところを紹介する。

 

 マカロニ

 ドナイフはお婆さんに東京に行った帰りにお土産としてマカロニを買ってきてくれた。最初はお婆さんはうどんだと思っていた。以下その場面。

 婆さんはマカロニを饂飩だと思った。饂飩は大好物なのである。

 「饂飩かえ」

 「マカロニだよ」

 「おーよね」

 婆さんは一口食ってみた。饂飩より肌理の細い舌ざわり、ほど良いケチャップの酸味、歯茎や唇に当る切り口のおどけた円い感じ、微かに押し出される空気の謙虚さ、婆さんは心が清々とし始めた。 (305頁)

 「歯茎や唇に当る切り口のおどけた円い感じ、微かに押し出される空気の謙虚さ」細かいところだと思った。

  

 カニ

 最初の方お婆さんは実の妹の家へカニをもらいにいった。そこらあたりでカニは登場する。カニの様子は詳しく書いてある。以下はカニを欲しいと思ってお婆さんが妹の家でカニを食べたいと思っているところ。引用する。

 かなり大きな食卓であったが、その上は、殆ど蟹で埋まり鋏と鋏が触れ合っている。皆しゅしゅと鋏の中から液を喫ったり、二つに割った蟹の胸から、箸で光る身をすくい出したり、縦に割った足から、鋏の先まで糸が縺れ合ったような肉を押し出して食っている。婆さんは憑かれた人間の様に眺めていた。 (286頁)

 「縦に割った足から、鋏の先まで糸が縺れ合ったような肉を押し出して」が細かいと思った。食欲をそそるような描写だと思った。

 

 お婆さんはカニを一匹だけ手に入れることができたが帰りに孫がいたので(カニを取られてしまうのではないか)とおもってしまう。お婆さんはカニを持って歩く、そして洞窟に入って隠れようとする。以下二つはそのような場面の描写。

 婆さんの左手には、大きな蟹がだらりと四肢を垂らして、ぶらさがっている。婆さんが歩くたびに鋏や足が触れ合い、からからと鳴った。 (287頁)

  

  ふとその時、眼のまえに思わぬ物を発見した。楡の大木である。婆さんの顔の皺は芋虫のようにくねくねと動いた。かねの剥げた歯がにょっと唇のうえに突き出された。快心の微笑なのである。およそ三、四百年の樹齢を数える楡の大木には地上三尺ばかりのあたりに洞が出来ていた。その底には、暗褐色の虫の食い殻が、すでに風化し、静かに湛えられている。 (288頁)

 「芋虫のように」「かねの剥げた歯がにょっと唇のうえに突き出された。」「暗褐色の虫の食い殻が、すでに風化し、静かに湛えられている。 」などが細かく書いてあるところだと思った。「静かに湛えられている」というのが洞穴の雰囲気を出すのにいいと思った。

 

選評

 「芥川賞全集 第2巻」で選評が載ってあるのは瀧井孝作、横光利一、佐藤春夫、佐々木茂索、室生犀星、川端康成、小島政二郎、久米正雄、宇野浩二。

 

 瀧井孝作は以下のようにいう。

 「鶏騒動」は面白く読んだ。やや漫画風の筆つきで、人物の性格なども大袈裟に描いて正確な写生とは云えないようだが、しかし、その筆つきに幅と力があって、その力量の現れている点で、わざとらしい誇張もそうイヤではなく却って面白味になっていると思った。 (382頁)

 

 久米正雄は以下のようにいう。

 半田義之君の「鶏騒動」とは、題名が少し可怪しく、例の当時流行の農村ものかと思ったら、それには違いないが、意外にユーモラスな人間味に富んだものではあった。但し、題名につき纏う「ハッタリ」は充分描写にもあって、老婆の食慾のエゲツナさや、鶏の行進など、面を背けながら、引張り込まれる所が、此の作者の善悪ともに特長だと思った。是を遠慮なく発達させたら、確に異色のある作家になる。悪達者になっても関わらないからよおお、どしどしやるんだよーオ。 (387頁)

 

参考

今回読んだもの 半田義之、「鶏騒動」 (「芥川賞全集 第二巻」より)、文藝春秋、1982年