寒川光太郎著「密猟者」(第10回 (1939年下半期) 芥川賞受賞作)を読む

 以下話の内容や感想などを述べる。

 

 

 

寒川光太郎について

 「芥川賞全集 第2巻」を参照しながら文字を打っている。寒川光太郎は北海道に生まれる(1908年)。父は小学校教員で、著書に『樺太植物図誌』全四巻がある。

 1929年(21歳の時)大学を中退し、定職もなく、放浪生活をする。

 1932年(24歳の頃)樺太にかえり、豊原で樺太庁博物館の嘱託をしていた父の研究助手として、同館の館員となる。このころ、「密猟者」のモデルとした狩人の国分重次氏を知る。

 

話の内容

 豹という腕の立つ猟師が北極の方で白熊の密猟をやっている隊員に加わる。そこでの熊との戦いや、他の隊員——例えば体躯の優れた稲妻との交わりなどが中心にかかれている。

 

感想

 話の内容はそう難しいと言うわけでなく筋も複雑ではない。しかし漢字や語句の使われ方が難しい。

 戦闘のシーンはリアルであるとは思ったけれど、頭に残るほどではなかった。目が行かない。自分は狩りの世界を経験したことがないのでそのためもあるのだろう。

 登場人物の名前が豹や稲妻など独特である。また、振り仮名の振り方が例えば羆で「おやじ」とふってあったり、面白いなと思った。

 知らない語句や地名や道具の名前などが見れてよかった。

 

印象に残ったところ

 話中最初の方に、アーノルドと云う米人が射手を探している、ということで主人公豹は選考の場に行くのだがそこには稲妻という体躯のいい男がいてマストの上の標的の小旗を落とす、という場面がある。以下の描写は稲妻がその小旗を落としたところ。

 旗は一度霧の中で泳いだが、湿り切っていたので板の様に翩翻と落ちて行った。 (321頁) 

 翩翻で「へんぽん」と読む。意味は「旗などが風にひるがえるさま。」 (weblio辞書ー「三省堂 大辞林」) 「板の様に翩翻と落ちて行った。」すっとしていていいと思った。

 

 次は豹がその選考の場で旗を落とす場面の様子が書かれているところ。

 の銃は旧式で、その上銃床が割れていたので、板と針金をぐるぐる捲きつけてあった。ちょっと見ると不細工な漏斗を逆に立てた様な奇妙な奴だ。

 番が来ると、彼はいつも獣を襲う時の様に薬莢を口にくわえ、ひょい'''と愛銃を持上げた、と見る瞬間もう引金はひかれていた。 (322頁)

  銃がどんな感じなのかや、銃を撃つ前の様子などが書かれていて、見慣れない用語だという事もあり引用した。

 

 他には豹達を乗せた密漁船が進むところ。

 船脚にぶつかる波浪は、まだか、これでもかと唱うが、冷やかな大気の中に空がクッキリ晴れているので、ちっとも執拗には感じさせない。単調極まる唄だが広々とした自然の中では、健康な想いを抱かせる。

 それが寒帯に入ると、凪の時には、海面は昼でも墨を流した様に暗く渦巻き、悲鳴をあげる北風の時には、海は山岳の様にうねり'''返し、波頭は白刃を翳して後から後からと喚き出す。 (326頁)  

 「海面は昼でも墨を流した様に暗く渦巻き」、「海は山岳の様にうねり'''返し、波頭は白刃を翳して後から後からと喚き出す」など、

比喩がうまいと思った。

 「海は山岳の様にうねり'''返し」というところは、自分が海と山を場所的に反対に捉えているところがあったので比喩で「海は山岳の様」と(海が山岳のように険しい、または波が山岳のように高いということなのか)使うこともできるのか、と思った。

  

選評

 出席委員氏名ー佐藤春夫、菊池寛、久米正雄、横光利一、宇野浩二、室生犀星、川端康成、小島政二郎、佐々木茂索、瀧井孝作の十氏。

 

 宇野浩二は以下のようにいう。

 当選作の寒川光太郎の『密猟者』は、終りの方が少し呆気ないが、(これは可也の欠点であるが、)読みつづけながら、題材のせいだけでなく、絶えず一種の緊張を感じた。それは、やはり題材のせいもあるが、題材にふさわしい文章のせいでもあろう。そうして、使われている言葉は有り触れた言葉であり、語彙も豊富でないのに拘らず、文章に、少し強引ではあるが一種の魅力があり、溌溂なところがあるのは、褒めて云えば、作者の独得の才能であろう。しかし、この『密猟者』でも、『流刑因』でも、共に、大方の知られていない、遠い北国の、珍しい人間の、風変りな生活が書かれてあるので、気がつかないが、芝居がかりな場面や気持ちが、読者もそれに引かれ、作者もそれが得意であろうが、やがて欠点になり兼ねない。 (400頁)

 

 久米正雄は以下のようにいう。

 受賞作「密猟者」を読んで、私はゆくりなくも、二十五年前芥川龍之介が「鼻」をひっさげて、夏目先生に見えた時分の事を思い出した。自分は勿論、夏目先生に比すべくもないが、年齢や時代から云えば、若干、其間に歴史的な循環があるのを、人々は微笑して、承認して呉れるだろう。兎も角此の作品は、或る意味で、私に谷崎潤一郎の「刺青」を思い出させ、志賀直哉の「剃刀」を、里見弴の「ひえもんとり」を菊池寛の「忠直卿行状記」を、そして佐藤春夫の「田園の憂鬱」を思い起させた。 (394頁)

 

参考

 寒川光太郎、「密猟者」 (「芥川賞全集 第二巻」より)、文藝春秋、1982年