川上弘美著「蛇を踏む」(第115回 (1996年上半期) 芥川賞受賞作)を読む

 川上弘美のものは初めて読む。前から名前は知っていたが読んだことは無かった作家である。話の内容、読んだ感想等を書いていく。

 

 

話の内容

 ある時、ミドリ公園に行く途中、蛇を踏んでしまった主人公のサワダヒワ子は蛇が家に来るようになる。蛇は時に女に変わり、ご飯の用意をしてくれる。蛇は「ヒワ子のお母さんである」と主張する。しかしヒワ子は静岡にもお母さんがおり、それを信用しない。そのことを蛇は好くは思わない。……次第にヒワ子は蛇に馴れはする。が、ヒワ子は蛇の世界等ありはしないだろうと思う。そのことについても蛇は好く思わない。

 ヒワ子以外にも蛇・又は他の動物が人間っぽくなる、或は人間が蛇や他の動物になるということに出会ったという人物はいる。ヒワ子の曾祖父が鳥が女になって現れてたという。ヒワ子がつとめる数珠をつくる店の店主のコスガさんの家には蛇がいると言う。又取引先の住職の出前である大黒さんは蛇になる。

 最後までヒワ子は蛇の世界というものをあまり信じない。ヒワ子も蛇に変わってしまうのだろうか。終局ではヒワ子は蛇と蛇になるのか、ならないのか、格闘する。

 

なぜ蛇になるのか?

 なぜ人が蛇になるのか?という疑問は読んでいて付きまとう。以下のことはあくまで推測にすぎない。

 44~45頁辺で人と肌を合わせるときにヒワ子は目を閉じない、という場面がある。二人して人間のかたちでないような心持ちになろうというときも「いつまでも人間の輪郭を保ったまま、及ぼうとしても及べない」という文が44頁にある。けれども何度か肌を合わせれば、次第にかたちが変わり、一瞬蛇になるのだ、という場面がある。ここら辺がこの作品を読め進めるときのヒントになるのかな、と思った。言い換えれば、親近感が強くなれば蛇になるのだ、というメッセージ的なものがあるのかなという風に思った。深読みのようなものをすればだが。

 

星新一著「やつらのボス」 (『ご依頼の件』に収録)を思い出す

 井上靖の書いた「狩猟」のところで「人はそれぞれ蛇をもつ」というところがあったので(星新一でもそんな作品があったな)と思い星新一を持ち出したことがあるのだが、この作品でも同じように星新一の「やつらのボス」という作品を思い出す。「やつらのボス」はある高原で老人の患者と医者が以下のように話している。——

 患者―「重傷なのだろう。まもなく何かお迎えが来るか。」 医者ー「そんな縁起でもないことを……」 患者ー「そこの窓を開けてくれ」 医者ー「なんでそんなことを……(なにが来るのやら。)」 

 しばらくすると蛇が来て老人を呑み込み、老人を食った蛇は窓の外へ消え、溶けたのだろうか、……さっきまで傍にいた老人の方へ医者が振り返ると少年に変わっていた。

 

 以上のような話である。「蛇を踏む」でこの作品を思い出した。別に「蛇を踏む」では蛇が人間を食べたという場面はなかったと思うが、蛇と人間の関りが書いてあるという点でこの「やつらのボス」を思い出した。特に「蛇を踏む」最後の方。蛇はヒワ子の首を絞めようとする。別に食べようとするわけではない。しかしもし食べられたら、或は連れ去られたでもいいがヒワ子は少年の様になって、年をとった老人が蛇に食べられ子供に変わるように、(蛇の世界などない)という人間の世界以外信じようとしないヒワ子の疑いのようなものが少年という純粋性をもったものになればなくなるのだろうか、と読んでいて思った。

  

感想

 とてもシンプルに書かれており、仕事の描写、街の描写などは少ない。漢字も多くなく、読み易い。

 最後の方でどんどん蛇になっていくなという感じがした。ここら辺は星新一でも同じようなことが二度、三度、或はそれよりも起るということはあるので見慣れたというか、あまり重要視して見ていかなかった。要は(一杯蛇が出てくるのか)という風に思った。

 蛇になる、蛇が出現するという事は多いが、どんな感じでなるのか詳しく描写されているという感じではない。というより「蛇になる、蛇が出現する」ということが重要なのか、という風に読んでいて思った。

 最初ふとヒワ子は蛇を踏んでしまうということから、最後蛇に首を絞められ、蛇になるのか、というところまで発展したというのは例えば、(ふとしたきっかけが重要性を帯びるようになってくる)等の意味があるのか。復讐的な。けれども自分はあまりそういう風には一貫して感じず、そういう事を考えているというよりも蛇を多く出現させればいい、出現させていくうちにこのような話になったのか、と思った。

 川上弘美はこの作品を書きながら、途中で嫌にならないのだろうか、と読んでいて思った。同じようなことが反復して起こるからだ。尺をとってるな、と思った。なにを伝えようとして書いたのか、又蛇は何か暗示しているのか等書いてあるものがあれば読んでみたいと思う。

 

参考 

 手元にある物ー川上弘美、『蛇を踏む』、文集文庫、2003年

 

 (「蛇を踏む」は1996年上半期の芥川賞受賞作である。初出は平成8年 (1996年)3月号「文學界」。

 審査員は日野啓三、丸谷才一、石原慎太郎、河野多恵子、黒井千次、三浦哲郎、大庭みな子、古井由吉、田久保英夫、池澤夏樹、宮本輝。

 審査員の丸谷才一や日野啓三は高評価をつける。石原慎太郎は「私には全く評価できない」というコメントを残す。 (「第115回、芥川賞のすべて・のようなもの」というページを参照)