芥川龍之介著「あの頃の自分の事」を読む

 芥川龍之介が大学三年生だった頃を振り返ったもの。芥川が自身を語ったものを読みたかったので手にしてみた。

 

 芥川の当時の交友関係が知れる。この作品では雑誌「新思潮」の同人の人物が出てくる。——松岡譲、菊池寛、成瀬正一、久米正一

久米正雄など。同人同志、作品を批評する場面があるのだが、結構辛辣なところもあった。——

 自分は午前の講義に出席してから、成瀬と二人で久米の下宿へ行って、そこで一しょに昼飯を食った。久米は京都の菊池が、今朝送ってよこしたと云う戯曲の原稿を見せた。それは「坂田藤十郎の恋」と云う、徳川時代の名高い役者を主人公にした一幕物だった。読めと云うから読んで見ると、テエマが面白いのにも関わらず、無暗に友染縮緬のような台辞が多くって、どうも永井荷風氏や谷崎潤一郎氏の糟粕を嘗めているような観があった。だから自分は言下に悪作だとけなしつけた。成瀬も読んで見て、やはり同感は出来ないと云った。久米も我々の批評を聞いて、「僕も感服できないんだ。一体に少し高等学校情調がありすぎるよ」と、同意を表した。それから久米が我々一同を代表して、菊池の所へその意味の批評を、手紙で書いてやる事にした。 (385-386頁)

 菊池は芥川と成瀬と久米に微妙な評価をもらっている。どんな手紙をこの三人の評価を代表し、久米が書いたのか気になる。

 

 芥川は英文科にいた。芥川でも不満は言うのだ。ロオレンス先生のマクベスの講義への不満——

 講義のつまらないことは、当時定評があった。が、その朝は殊につまらなかった。初めからのべつ幕なしに、梗概ばかり聞かされる。それも一々Act 1, Scene2と云う調子で、一くさりずつやるのだから、その退屈さは人間以上だった。自分は以前はこう云う時に、よく何の因果で大学へなんぞはいったんだろうと思い思いした。が、今ではそんなことも考えないほど、この非凡な講義を聴くべく余儀なくされた運命に、すっかり黙従し切っていた。 (378頁)

 つまらないが黙従した。…仕方なかったのかもしれない。この後、寝たようだ。廊下へ出ると、丁度その寝ていた箇所を豊田実(英文学者。1885-1972。)がノートを見せてくれと言ったというエピソードもあった。

 講義中、前の席の人の髪が長く芥川のノートにあたっていたためそこの部分はノートを取らず、代わりにハイカラな学生の横顔を描いたというところが印象に残った。

 

 面白いと思った表現は芥川と成瀬が独逸語の授業をアイアムビックに出席した——成瀬が出れば芥川が休み、芥川が出れば成瀬が休んだ、そして一つの教科書に代わる代わる二人で仮名をつけて試験前には一緒にその教科書を読んで間に合わせたというところ。アイアムビック(iambic)とは詩の規則で強弱強弱の律のこと。

 

参考

芥川龍之介、『芥川龍之介全集2』、ちくま文庫、1992年

 

訂正 

2019年1月27日 久米正一→久米正雄