芥川龍之介の作品を読み漁る——「春の夜」

「春の夜」

あらすじ 近頃nさんという看護婦に僕が聞いた話。僕は当時大腸カタルを起こして横になっておりnさんは粥を煮ながら僕にその話をしてくれた。nさんはある年の春、牛込の野田という家に行っておりそこには女隠居が一人、それからその娘と息子がいた。女隠居は娘を雪さんと呼び、息子を清太郎と呼び捨てにしていた、そして可愛がっているのは雪さんの方だった。しかし病気の重い方は清太郎の方だった。そしてnさんは清太郎の氷嚢を取り換えていた。そこには木賊があった。ある晩nさんが野田の家から二三町離れた灯の多い町へ氷を買いに行ったとき、上り坂へかかると後ろから誰かがぶら下がったような感覚があり見ると、衣服や顔が清太郎そっくりであった。それは「ねえさん、お金をくれよう」といった。その後も何度も抱き着いてきたので近くにいる爺やさんにも来てもらい、nは一所懸命に逃げ出した。野田の家につき離れで寝ている清太郎の元へ近づきながら「もしかしたら、もういないのかもしれない、あるいは死んでいるかもしれない」と思ったがそこには清太郎が、薄暗い電燈の下に静かに一人眠っていた。——僕はこの話の終わったとき、nさんの顔を眺めたまま多少悪意のある言葉を発した。「あなた、清太郎のことが好きだったんでしょう。」「ええ、好きでございました。」nさんの返事はさっぱりとしていた。

感想 最後の「清太郎のことが好きだったんでしょう」、そしてその問いに対し「ええ」と答えるのは隙を突かれた感じのするさっぱりとした文章だった。そこには、何かの幻覚が見えるーそれを好きでしょう、と聞いてしまう僕の性急さがあるように思う。木賊の影という表現が清太郎の枕元の氷嚢を変える毎にあり、はかなさを感じた。しなしなの草木にもはかなさはあるが、ぴんとした草木、それと病人という組み合わせに。

 

参考 芥川龍之介、1991年、『芥川龍之介全集6』、ちくま文庫